去年は一つテーマを持って過ごしていた。そのテーマは「考えない」
前回の投稿で書いた「自分の仕事」を考える三日間に去年も参加していて、いろんな人の話を聞いて、頭がいっぱいになって、ゲストの人の言っていたことを理解しようとした。でもそこでふと思った。
なにかのエネルギーをたくさんもらったんだけど、そのエネルギーをゲストの話の分析に回してしまってはもったいないのではないか。
人の話を理解するにはすごいエネルギーがいる。それを自分に当てはめるにはさらにエネルギーが要る。すごく沢山のエネルギーをもらったんだけど、当てはめきるまでエネルギーがもつかどうかの自信はなかった。
それともう一つ、話を聞いてるのは楽しいんだけど、こっち側にいては駄目だと思った。ゲストになるとまではいかないが、向こう側へ、なにか発信できる側へ行かないといけないと感じた。この二つの理由で2010年最初に考えることを放棄し、動くことにエネルギーを使おうと決めた。どうしようかなとか考える前に、まず「やります!」「行きます!」と即答した。いろいろと計画して、参加して、くるくる一年を過ごした。
カエルには静止視力がなく、動体視力しかないらしい。つまり動くものしか脳が認識しない。カエルに世の中がどう見えているか知る術はないが、僕のイメージとしては視界で動くものがあるとそれがちらちらっと見える。ストロボの連続写真の様な感じだろうか。それ以外は無。もしくは光。去年は自分もそんなふうに、動くことで断片的にちらちらっと見えるものがあった。
今年はその見えたものをゆっくりとつなげて形にすることが必要だなと感じている。その作業には考える段階が出てくると思うが、出来る限り考えないでそこも行いたいと思っている。考えるとは「いま」の思考を加えることを指している。いまの思考は、いまの自分の体調、感情が影響する。それは「ナウ」ではあるが、「フォーエバー」を担保してくれない。見え始めたものの間を保管する要素に今のリアルなものは出来る限り入れたくない。時の洗礼を受けたものだけをはめていきたい。
一年後この記事を読み返したときに、どんなふうになっているんだろう。


